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長生橋プロジェクト




当時の長生橋

 石川県七尾市を流れる御祓川に架かる長生橋は、昭和26年12月、ピー・エスの前身である東日本重工業株式会社七尾造船所によって架けられた、日本で最初のプレストレストコンクリート橋である。以来50年、この橋は現役の橋として役立ってきた。

 その七尾市で平成10年頃、都市軸整備計画が持ち上がった。市街地の空洞化に悩む地方都市にとって、それは当然の決断だった。

 平成11年春、その整備計画をふまえ、御祓川の河川改修計画が提出された。当時のピー・エス北陸支店長小沢恒夫は思った。「このままでは歴史ある橋が撤去されてしまう」。早速、ピー・エスは行動を起こす。七尾市都市計画課に「長生橋架け替えの時は現橋を移設したい、市で移設場所を提供して欲しい」と申し入れたのである。また、県会議員や市会議員にも市当局への働きかけを要請した。

 翌平成12年1月、石川県道路整備課長小間井孝吉(現都市計画課長)はピー・エス北陸支店の木内武夫(現北陸支店長)と会い、言った。「長生橋は移設では意味がない。現地保存に向けてピー・エスが各方面に働きかけるべきではないのか」。しかし、新しい長生橋は12.3メートルの1径間で既に計画されている。3径間の現橋を残すことができるのか。ピー・エス側は頭を抱えた。

 3月、新しい長生橋の設計業務を受注していたコンサルタント「地域みらい」から1つの知らせがもたらされた。「河川計画も橋梁設計もほぼできあがっている。今さら3径間を認めることなどできない」。現地保存の夢はしぼんだ。
整備計画のパンフレット

新長生橋完成イラスト  平成12年4月のある日、ピー・エス北陸支店の奥田由法は御祓川にゴムボートを浮かべ、長生橋の桁下に潜って点検調査を行っていた。石川県都市計画課担当課長二口俊郎から長生橋の使用可能性、塩害等による損傷調査を依頼されていたのである。ゴムボートの中で奥田は思った。「この橋は劣化なんてしていない。48年間、きわめて健全な状態を保っている」。塩害、アル骨などにより劣化しているコンクリートばかり見続けてきた奥田の目に映ったのは、極めて新鮮なコンクリートであった。














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