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長生橋プロジェクト




長生橋保存要望書  奥田は二口に調査結果を報告するとともに、長生橋の現状を木内に伝える。木内はピー・エス本社土木技術部と東京支店に協力を求めた。

 こうして同年5月、PC技術協会会長である田辺忠顕の名前で石川県知事と七尾市長あてに長生橋保存要望書が提出された。そこには長生橋を文化遺産として現地保存もしくは移設復元の方向で検討して欲しいという関係者の熱い思いが込められていた。

 しかし、特例を期待したのも空しく県側からの回答は「河川法上、長生橋の現地保存は無理である」というものであった。ここに至って保存の途は完全に断たれた。
ところが、悪い知らせばかりではなかった。七尾市が「長生橋の移設場所を市内の希望の丘公園と認める」と回答してきたのである。長生橋が保存できる。関係者はみな喜んだ。

 こうした中で誕生したのが「長生橋移転・保存検討会」である。座長は金沢大学の川村満紀 教授。メンバーには地元代表として長生橋のたもとでその姿を見守ってきた飴谷信夫ら、行政代表として石川県七尾土木事務所長岡田稔や七尾市建設部長小林信之らも加わった。

 第1回の検討会では保存方法や保存場所、移転方法、現橋の調査方法、この橋にまつわる歴史の整理などが討議された。
七尾工場に運ばれた解体後の長生橋
歴史を物語るプレート
 平成13年9月、いよいよ長生橋の解体が始まった(解体作業については、ドキュメント「長生橋移設の記録」を参照)。解体された長生橋は仮置き場所となるピー・エス七尾工場に運ばれた。やがて希望の丘公園の歩道橋として生まれ変わる。また、解体された桁の一部は、長生橋のたもとに建設されるポケットパークに記念碑とともに残される予定だ。

 日本初のプレストレストコンクリート橋である長生橋は、多くの人々の熱意に支えられ、第二の人生を歩むであろう。
希望の丘公園の歩道橋として生まれ変わる














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