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本文のはじまりです

2017年9月、わが社は浦和レッズの大原サッカー場に新クラブハウスを竣工しました。藤井敏道社長の掲げるスローガンは「胸を張って夢を語れる会社にしよう」です。今回は『夢』をテーマに、サッカー選手という夢を叶え、今もなお新たな夢の実現に向けて努力している浦和レッズの興梠慎三選手と浦和レッズレディースの安藤 梢選手、夢を持ってピーエス三菱に入社した藤本謙太郎さん、福山友里さんに語り合っていただきました。

夢を持ち続け、実現させる

藤井 本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今日は『夢』というテーマで皆さんとお話ししたいと思います。 私は4年前に社長に就任した時に『胸を張って夢を語れる会社にしよう』というキャッチフレーズを考えました。きっかけは当時の部長たちから「建設業はずっと右肩下がりの苦しい時代を耐えてきたし、今も目の前のことでいっぱいで、夢を語る余裕なんてありません」と言われたことです。今まではそうだったとしても、これから活躍する社員には夢を持って仕事に取り組んでもらいたいと思ったわけです。
「胸を張る」とは「自分や会社に自信を持つ」ということ、「夢」とは「自分はこうなりたい」「こういう会社になってほしい」と思い描くこと、そして「語る」とは「コミュニケーションの活発な、風通しの良い風土を作る」ということです。社員ひとり一人が自信を持って夢を語り合うことで、気持ちが前向きになり、夢が共通の夢となり、それを実現していこうという意味です。

皆さんはいつ、どんなきっかけで夢を持ち、またそれを実現するためにどんな努力をしたのか、聞かせてください。

 

興梠 子どもの頃から親がサッカー、野球、ソフトボール、バレーボールなどいろんなスポーツをさせてくれて、野球選手に憧れていたこともありました(笑)。高2の頃にプロにスカウトされ、本気でサッカー選手を目指そうと思いました。ただ、僕は皆より努力していないので、トップアスリートにはなれないのかなと思っています。

藤井 え?トップアスリートですよ!

興梠 ありがとうございます。でも、同期には長友佑都選手や本田圭佑選手がいて、高校時代は僕の方が活躍していたけれど、彼らは努力して海外のチームでも活躍しています。夢を持つことも大事ですが、それを実現するための努力が大事だと改めて思います。

 

 

安藤 私は幼い頃に「サッカーをやれるなら幼稚園に行く」といってサッカーを始めました。小学生の時には、なでしこリーグに憧れて「日本代表になって世界一になりたい」と作文に書いていました。その当時は女子サッカーは珍しく、男子に混じっての練習でしたが、ずっと「世界一になりたい」「オリンピックで優勝したい」という思いでプレーし続けてきました。

念願叶って16歳で日本代表に入りましたが、最初はアメリカには負ける、ワールドカップ予選で敗退と、世界との差を思い知らされました。それでも個人的にもチームとしても上を目指して頑張ってきた結果、2011年のワールドカップで優勝することができ、「夢をあきらめずに続けていれば結果は出るんだ」と実感しました。

 

 

 

 

藤本 私は小さい頃から物づくりが好きで、レゴブロックで好きなものを想像して作っていました。小学校高学年の時の家族旅行で、渓谷から大きな橋を見上げて「これはどうやって作るのだろう?」と思ったことが、橋梁に興味を持った瞬間でした。将来は自分も橋を作りたいと思い、普通高校ではなく高校と専門学校が一緒になった5年制の高等専門学校に進学しました。橋梁について学ぶようになって初めて勉強することの楽しさに目覚め、今に繋がっています。

 

 

 

 

 

福山 私は父が設計事務所を営んでおり、小さい頃から設計という仕事が身近にありました。家、マンション、学校、店舗など建築は生活の中に当たり前のように存在し、なくてはならないものなので、それを設計する仕事に就きたいと思い、学生時代にはいろいろな建築物を見て吸収しました。仕事に就いてからは昨年、一般職から総合職に職掌転換し、より深く設計業務と向き合うようになり、周りの先輩方からいろいろと学んでいる最中です。

夢を繋げる原動力

藤井 実は私は小学校の時の夢がサッカー選手で、中学の時にメキシコオリンピックがあり、夢中でテレビを見ていて遅刻したほどです。中学にはサッカー部がなかったので高校でサッカー部に入部したのですが、万年補欠でした(笑)。

興梠 えーと、それは「才能がなかった」ということで、よろしいでしょうか(笑)

藤井 あはは(笑)

興梠選手は先ほど、自分は努力していないと話されていましたが、日本のJリーガーの中でも全てのタイトルを取り、100ゴールを達成した選手は多くないですし、昨年はACL優勝(※1)と、大変活躍し、努力されていると思います。

興梠 僕は自分でドリブルしてゴールするタイプではなく、チームの仲間が繋いでくれるおかげでここまでこられたと思っています。昨年のACLに関しては監督が途中で替わるという大変な時期でしたが、チームを育ててくれたミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ元監督)に恩返ししたい気持ちと、皆でこのタイトルを獲る!という強い気持ちで臨んだ結果、優勝に繋がり、本当に良かったです。個人的には今までで一番嬉しいタイトルでした。

藤井 優勝という大きな目標を達成した後は、どのようにして新しい夢や目標を思い描き、頑張っていくのですか。

興梠 気持ちの切り替えは難しいです。僕の場合は今までのサッカー人生で100ゴールもハットトリックも達成し、タイトルも全部取れて、もう引退してもいいかなと正直思ったこともあります(笑)。それでも、1つでも多くのタイトルをレッズにもたらしたいですし、3歳になった娘にかっこいい所を見せたいという気持ちもあります。それが原動力になっていると思います。

安藤 ワールドカップで優勝した時は最高の瞬間で、「夢って叶うんだ」と実感しましたし、ここまで築き上げてくれた先輩たちの偉大さを感じました。でも私はいつもサッカーが好き、もっと上手くなりたいと思っているので、ワールドカップの次はオリンピックで優勝したいとか、その当時所属していたドイツのチームで優勝したいなど、すぐに目標を新しく切り替えていきました。ただ、2015年のカナダのワールドカップ初戦で怪我をして日本に帰国した時、この大会で引退してもいいと思うくらいの気持ちで臨んでいたので、次の目標を失って目の前が真っ白になりました。でも、病院でいろんな人に励まされ、1週間後には「また代表でプレーしたい」「リオ五輪に出たい」と新たな目標が生まれ、真剣にリハビリに取り組みました。目標を持ち続けることはとても大切です。

藤井 当社の二人は1つの仕事が終わって次の仕事に取り組む時に、どうやって気持ちを切り替えていますか?

藤本 大きなプロジェクトに携わる時は自分の持っているものを全て注ぎたいですし、自分の中では「これが最後に作る橋梁だ」という気持ちで全力を注いでいます。社長を前に申し上げるのは恐縮ですが、大きな構造物が完成した時は達成感もありますが、すぐに次に向かう気持ちがわいてこないことも正直、あります。ただ、そうした中でも「よくやった」と声をかけてもらったり、今は大学院で博士号を取る機会を与えていただいたりと、仕事の中で周りの方から目標を与えていただき、ステップアップしていこうという気持ちができています。

福山 土木と建築では完成までにかかる時間や規模がだいぶ違うので、建築の場合は1つの物件が完成する前に次の物件の計画が始まることが多いのですが、敷地形状や建物用途、発注者によっても全く違った建物の設計となるので、自然と気持ちが切り替わりますね。

安藤 藤本さんは仕事をしながら大学院で勉強もされているのですか。

藤本 はい、大学院には月2回程度は行かせてもらっています。業務と両立させるために、帰宅してから勉強しています。

藤井 博士号は業務にどうしても必要な資格ではありませんが、学習意欲のある人をサポートしよう、どんどんやりなさいと、会社として奨励しているのです。

安藤 そうなんですね。私も今、筑波大学で博士論文を書いています。サッカーと学業の両立は結構大変ですが、研究テーマがサッカーのことなので、自分に活かせることを勉強できて充実しています。

チームワークで大事なこと

藤井 サッカーはチームプレーですから、仲間との信頼感が大事ですが、仲間とぶつかり合いなどありますか?お二人ともフォワードだから自分が決めなければいけないという責任感があるでしょうね。

興梠 ぶつかり合いはあまりありません。自分がいい動きをしてもパスをミスした人を責める人もいますが、僕はそれは違うと思っています。たとえ簡単なパスであろうが自分を見てくれたことにありがとうという気持ちで、ミスしてもその感謝の気持ちは変わらないので、仲間同士での言い合いはあまりないです。

安藤 私も怒って言い合ったりはしないけど、「今のは出してほしい」と伝えることはします。

興梠 責任感については、フォワードだから特に強いわけではありませんが、サポーターの皆さんの期待を裏切らないようにしたいし、チームが一番キツい時に結果を出すのがエースなので、そうなれるように頑張っていきたいですね。

安藤 私も同じです。チームが劣勢でも自分が決めれば1回か2回のチャンスで勝てることもあるので、いいボールを出してもらったらしっかり決めたいといつも思っています。

藤井 当社の仕事でもチームワークが大事ですね。

藤本 私たち設計者と現場で施工する担当者は、立場が違いますから考え方も違います。設計者は技術的なことを第一に考えますし、現場の人はどういう順番で作っていくかを考えています。その中でこれは作りやすいか、本当に必要なものかなど議論になることはありますが、立場は違っても良いものを作ろうという方向性は同じですから、チームワークは大事ですね。

福山 最初は営業部門と連携して発注者の要望を伺い、その想いを正しく汲み取り、構造・設備設計者に伝えます。設計段階が進むと積算チームや工事担当者など、たくさんの部署と協力しあい、より良い建物を作るために意見を出し合います。経験豊富な先輩方からは、私が気付かなかったことを指摘していただけるので、とても勉強になります。

興梠 なるほど。僕たちはピッチで結果を残した人が試合に出られるので、先輩のアドバイスはそんなにないですね。先輩のプレーを見て学ぶ、盗むということはありますけどね。

安藤 チームメイトでありライバルでもあるわけですから、若い時は目標とする先輩の動きをよく見て学ぶようにしていました。自分が先輩になってからは口で説明するよりもプレーで見せて、若い選手がそれを感じ取ってくれたらいいなと思っています。

興梠 会社では社長がサッカーの監督のような立場だと思いますが、強いチームにするために藤井社長が気をつけていることを教えてください。

藤井 コミュニケーションを図ることがとても重要です。昔は建設業には「オレの背中を見て学べ」という雰囲気がありましたが、今は違います。企業もチームですから、それぞれの人を尊重しないと成り立ちません。私も課長や部長の頃、管理職として認められようと必死に仕事をさばいていましたが、認められませんでした。むしろひとり一人の部下をよく見て、「この人にきちんと仕事をしてもらうためにはどういう方法がいいか」と考えたり、部下と語り合って、その人の良い所を認め、伸ばしていこうと考えたりするようにしたら、全体が上手く回るようになりました。サッカーでもチームメイトをよく見ていれば「この人は自分でシュートを打たずにパスするぞ」とか「絶対に自分で打つ人だ」と分かるでしょう。相手がどういう人かを観察することは、どんな世界でも重要なことだと思いますよ。

興梠 なるほど。僕もゼネラルマネージャーになってもっと良いクラブにすることが夢なので、今のお話はとても参考になりました。

人と関わり成長しよう

藤井 最後にわが社の新入社員に向けて、お二人の新人時代の思い出とメッセージをお願いします。

興梠 プロになって初めて加入した鹿島アントラーズには日本代表選手がたくさんいましたが、彼らに勝つ自信はあったし、実際、1年目から試合には出られました。といっても、やはり実力の差はあるわけです。そこで初めて挫折を感じました。自信は必要だし実力も大事ですが、やはり人柄というかチームの一員としての人間性が大事です。人間性も含めての良いチームを目指してください。

安藤 私もさいたまレイナスFC(※2)というチームで最初からプレーしていたので、自信はあったし、「なぜ監督は私を使わないのかな」と思ったこともあります。でも、代表から外れた時に初めて挫折感を味わい、自分の弱さを認めなければいけないことを学びました。それからは自分の良い点や欠点を理解してトレーニングや試合に臨むようになり、成長できたと思います。ワールドカップやオリンピックで夢を叶えられたことも良かったけれど、夢に向かう過程でいろいろな人に出会ったり、いろいろな経験を重ねしたりして、成長できたことが一番大切だと感じています。新入社員の皆さんも先輩やいろいろな経験からしっかり学んでください。

藤井 今日は大変よいお話を伺うことができました。皆さん、ありがとうございました。

 

※1 ACL…AFC(アジアサッカー連盟)チャンピオンズリーグの略称
※2 さいたまレイナスFC…浦和レッズレディースの前身

2018年02月座談会浦和レッズ × ピーエス三菱 対談バックナンバー

藤井敏道社長 × 浦和レッズ 槙野智章選手 対談(2016年11月)

本文のおわりです


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